経済・政治・国際

トランプを切る、あるいはトランプ騒動について

トランプを切る、あるいは、トランプ騒動について

トランプ米大統領について、昨今大騒ぎのマスコミだ。
それは、なんだかんだ言っても、アメリカが世界の中で、大きな影響力を持つことの証明でもある。
彼によって、世の中はいったいどうなってしまうだろうといった、不安を書きたてる論調の中で、ボクはなんだか、うきうきしている。

不謹慎といわれても仕方ないが、この、『普通なら当選するはずもない』大統領は、退屈で変わりばえもしない日々、というものを、なんとも刺激的で、ドラマティックなものにしてくれた。
少なくとも、ボクにとっては、それは事実だ。

さらに言えば、トランプ氏の言動は、さほど突拍子もないことではないのだ。
自分の国の繁栄と利益を求めるのは、その国の代表として、至極当然のこと。
逆に、『もっとグローバルな視点で』と言ったって、アメリカが世界のさまざまな紛争などに口を出すのを疎ましく思っていたのではないか。
『世界の警察』だとか、思い上がりだ、という論調。

最近のマイブームである『個人の尊厳と、他者との共存』というテーマ。
トランプ氏が、再び提示してくれたようでもある。
個人と国家の違いがあれど、自国の利益を最優先するか、グローバルな視点で考えるようにしていくか、これは、まさに、このテーマに思える。

端的にまとめてしまえば、『グローバリズム(地球規模の視点)か、ナショナリズム(自国優先の視点)か』。

結論から言えば、両者がバランスよく両立するのが理想だろう。

ただ、ここへきて、トランプさんの当選や、イギリスのEU脱退など、ナショナリズムの台頭が目立つ。
それは、『グローバリズムとナショナリズム』の振り子が、それまでに『グローバリズム』ばかりに偏って振れていたからだろう。
それが始まったころ―――――――すなわち、人々の視野がようやく地球規模まで広がって、その視点で社会を見始めたころ、それはなんとも画期的で、未来志向的な新鮮さで迎えられた。
しかし、日本でも、結局『地方活性』の視点が生まれたように、世界だって、各国がみな地球のほかの国々と画一的になることのくだらなさ、無意味さに気づいてきたんだろう。
振れすぎた振り子は、必ず今度は逆へ大きく振れる。

この前、本屋さんにあった新刊で、田原総一郎『トランプの今こそ、日本がアメリカ従属に縁を切るチャンスだ』(ボクの記憶による題名。正確ではないが、主旨はこんな感じ)というもの。
論理の構造は違うかもしれないが(読んでないから)、ボクも似たようなことを考えた。
世界がナチョナリズムの流れに便乗するなら、日本もその風体で、ナショナリズムの流れ的なアメリカとの関係を打ち出すチャンスだ、ということ。
日本にとってのナショナリズム的なアメリカとの関係―――――それは『従属』とは異なるものだろう。
これまた、論理の構造の中身は知らねど、森本毅郎(たけろう)さんも同じ意見らしい。
(もちろん、論理の構造がいちばん重要だけどね)

さて、個人的にもっと重要なのは、これらのことがまた『個人の尊厳と、他者との共存』に立ち戻ったときに、また一歩深みを与えてくれるか、というところ。

そして、そこから、世界共存の理想も見えてきてほしい、ということ。

僭越ながら、考えたことを率直に述べさせていただいた。

 

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プーチン=阿部会談

北方領土。

安倍さん、頑張った。与党をほめるのも気が引けるが、ここは評価したい。

自民党幹事長さん、自分の党の党首に対して、あの評価(ほとんど成果なく、経済面のマイナスばかり、と言う)はどうなんか?

野党でもあるまいに。まあ、幹事長指名も安部さん自身だが。

 

まず、ライオンヘアの小泉さん。あの人は事務方かなんかが書いてくれたらしい、原稿を読まなかった。自分の言葉で、国会の発言をした。小泉さん、聞いてて面白い。

だいたい、原稿を読んで、棒読みになってしまうのも、本人が書いていない証拠だ。

小池都知事が彼の弟子だというのも、さもあらん、というところ。

安倍さん、小泉さん以来の人物という印象。小泉さんは、北朝鮮から何人かの拉致被害者を連れ帰った。郵政民営化については、よくわからんが、拉致問題に関しては、惜しみなく評価する。

安倍さん、韓国との清算、トランプさんとのいち早い会談。そして今度のプーチンさんとの会談。
この会談、悪いけど、鳩山もと首相あたりだったら、安心して見ていられなかったところ。

そういう信頼感もある。

 

北方領土問題。
追い出された元島民がご先祖さんの土地に帰りたい、という思いを綴った手紙の一部を訳したものを、安倍さんが持っていき、プーチン氏に見せたそうだ。彼も真剣に読んでいた、ということらしい。

一方、わが甲府の駅ビルには「北方領土返還」を謳った垂れ幕が、久しく下がっていた。
つまり、北方領土問題、大きな二つの意味を持つ。

(1)日本国の領土なのだから、ロシアは返還すべきだ ⇒ これは国レベルの問題

(2)島を追われた住民たちを、先祖代々の故郷に返してあげたい ⇒ これは、もと島民の心情を慮(おもんぱか)るレベル

結論から言えば、優先すべきは(2)だと考える。そう思えば、安倍さんは、かなりこれのクリアに前進した、共同経済開発は、そういう意味ならば、ナイスアイデアだろう。

 

あと、ロシアと言って、どうしても思い浮かぶのが「シベリア抑留」のこと。

他国と比較するのも筋違いかもしれないが、日本の先の大戦での史実に対して、韓国、中国は、あんなに声高に非難するのに、日本がシベリアを非難する様子は、ほとんど見かけない。国民性なのか。私的なことながら、中国内地で軍人として終戦を迎えた伯父などは、シベリアだけは許せない、と言っていた。

こんな話もある。

「リメンバー、パールハーバー」(真珠湾を忘れるな!)に対して、

「ノーモア、ヒロシマ!」(広島は、もう二度と繰り返さない)
それぞれのスタンスの違いは、すぐに見えてくる。

 

あと、ついでに、

残酷な兵器であるという「ナパーム弾」。サッカー場ほどの広範囲に被害が及び、軍人でもない一般人に被害が及ぶ、ということで、禁止協定の動きが進んでいる。

「被害が大きく、一般人まで及ぶ」ということなら、まず原爆だろう。禁止協定は、どうなっていく。

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日本国首相のスタンスとして

先日のこと。
国会の予算委員会で、沖縄の基地問題の質疑応答時、
ある議員さん(失念)が、
「基地の騒音が増えて、授業中にうるさいと感じた、という生徒が多い」
このことにつて、首相の見解を求めると、安倍さん、歯切れ悪く、
「騒音などの被害がなくなる方向で、努めていきたい」と言う。

「歯切れ悪い」というのも、このとき、ちらっと安部さんが匂わせるのが、
「アメリカの基地を受け入れる以上、多少のリスクは覚悟するべきだろう。」
という姿勢だ。
基地の面積は減少傾向にあるのだから、悪いことばかりを引っ張り出すなよ、
何でもすべて、万々歳とはいかないさ。
というニュアンスがひしひしと伝わってくる。

基地の面積が減るのはもちろん歓迎だが、
何のために基地を減らしたいかと言えば、
ひとつは住民の生活を圧迫するからだろう。
騒音という圧迫が残りつつ、あるいは増えている中で、
「基地の面積が減った」ことを功績にできようはずもない。

まことに、その通り「努めて」もらいたいのは当たり前。
だが、なんとも『危機感』がない。

次代を担う、日本の子供たち、基地の騒音が授業中うるさいと言っている。
日本の首相として、このことに『危機』を感じないのだろうか。
ちょっと、他のこととは違うはずだ。

もちろん、今の日本の立場上、アメリカの基地を国土に置くという方策を認めるとしても、
ボクらの日本を引き継いでいく者たちが、
「勉強中、うるさいです」と言っているのだ。
ちょっと、平然と「努めていく」程度の心象か。

まあ、大人たちは子供たちに未来を託す、というが、
日本国総理大臣は、自身の国の子供たちの学びが阻害されて、それほど心は揺れないか。

まあ、「うるさいと感じる」ことの頻度とか、時間の長さのデータはなかった。

でも、その辺はどうなのか、総理の方から聞いてほしいくらいの問題だ。

もちろん、沖縄住民が騒音に悩むことは、少なくなっていってほしいし、総理もそうおっしゃる。
しかし、「学校の授業中、勉強していて、うるさい」ことの危機感を感じないようでは、
安倍さんの評価を、かなり下げざるを得ない。

ボクはね((笑))。

 

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『戦争法』の機は熟すか?

さて、ガンジーの無抵抗主義が実を結んだという史実もありつつ、
ボクらは自国を守るために、どんな道を選ぶべきか。

昨日(2016年9月5日)などは、北海道沖に北朝鮮のミサイルが落ちた、
という現実の脅威(?)にさらされながら、
あるいは、
手を緩めれば、一気に中国に尖閣諸島を奪われてしまう、
という危機感を抱きつつ、
自衛隊を自国の軍隊として、自在に駆使することができないのは、
まさに歯がゆい・・・・・
ことなのか(^-^;

もともと『戦争法』を持ち出した安部さんの自民党、
そのむかし、「自由党」と「民主党」が合併してできた政党で、
その統一理念の一つとしてあったのが
『憲法改正』である。
つまり、結党の誓いとも言える。
しかるに、自民党を支持することは、
『憲法改正』を支持することに通ずる。

思えば、結党当時はまだ、北朝鮮や中国の『暴走』もなく、
そのころ『憲法改正』のモチベーチョンはどこから来ていたのだろう。

よく言われるのは、
『アメリカのお仕着せ憲法だ』ということ。
あるいは、
『アメリカ依存の防衛体制が、日本国民の誇りをそぐ』ものだということ。

ほんとうに、その内容に共感できるのであれば、『お仕着せ』だとて、
改正はいらぬところだが、
今の憲法には『アメリカの思惑』が絡み、たとえば
「自国に誇りが持てなく」させる原因でもある、ということならば、
『改正』も十分あり得る。

終戦から長らく、『二度とあんな悲惨な戦争は繰り返さない』
という反省の思いが、この先、どんどん薄らげば、
それが『機が熟した』というこなのか。

≪戦争⇔敗戦⇔痛み≫ という関係の中から、
もっと別の芽も現れている。

例えば、手塚治虫。
彼の作品の生涯のテーマだとされるのは、ヒューマニズムや、人種差別。

進駐軍の占領下、ある晩、ふらりと外出した手塚氏、
すれ違った二人の米兵に、なぐられる、けられる。
理由なんかない。笑いながら、彼らは去っていく。
若き日本青年の胸に去来したのは、いかなるものか。
この理不尽な暴力を解説できるのは、いかなる学説か。
手塚氏が、晩年『まだまだ描ききれない』と言ったエネルギーの
源の一つには違いないと思う。

ボクの少年時代、マンガ雑誌に連載されていたものに
『空手バカ一代』というのがある。
極真空手の始祖、大山倍達さんの半生を描いた漫画だ。
大山氏は世界中を武者修行に歩き、「ゴッド・ハンド・マス」
の異名を持つ、けた外れのツワモノだった。

若き日の彼を、限界の修行へと駆り立てたもの。
それも、やはり進駐軍の無謀ぶりだった。
アメリカ占領下で、我が物顔にふるまう米兵たちの様子を見ては、
自分を鍛える決心を固めてゆく。
彼は、ひとり山にこもり、人里恋しくなって山を下りたくなった時のために、
自身の濃い眉毛を、順番にそり落とし、片方だけのまゆでは
みっともなくて人に会えぬ、と自分を追い込み、修行を続けた。

近年亡くなられた、永六輔氏。
晩年、彼は甲府の桜座に度々いらして、
ボクも二度ほどステージで拝見した。

その中で語ってくれたのが『上を向いて歩こう』秘話。

永さん、終戦時は小4だった。
期せずして、日本に来たマッカーサーが言ったのは
『今の日本人は、いわば小4の程度です。』
何のレベルか、詳しくは知らない。
永さんはそれを聞いて、自分も小4であることにも重ね合わせ、
ひどくショックだったと言う。

そして、その後、その悲しさ辛さを乗り越えようと
まとめたのが『上を向いて歩こう』だという。

『上を向いて歩こうは』その後アメリカに上陸し、
アメリカにおけるヒットチャートで、日本語の歌として、
初めてナンバー・ワン!!に輝いた。
巡り合わせというのは、なんとも妙なものだ。

手塚治虫の存在によって、格段の進歩と発展を遂げた
と言われる日本の「マンガ」は、
今や政府も公認の日本のコンテンツであり、
世界に誇る日本の文化として花咲いた。

大山倍達氏が開いた極真空手。
確か長渕剛もこの流派だったか。
説明するまでもなく、「カラテ」は、今や、日本のイメージの一つだ。

これらの、
今や日本を代表する三氏に共通なもの。
『敗戦の痛み』から始まったもの。
それは、決して『応戦」』ということではなく、
『悲惨な歴史の繰り返し』でもなかった。

そして、日本の誇りをそぐどころか、
先頭に立って、まだまだそれを、けん引しているではないか。

『右の頬を打たれたら左の頬を出せ』とは、
キリスト様のお言葉らしいが、
相手が武器を振りかざしてきたら、
それを上回る武器もて、立ち向かうことだけが、
選択肢ではないんだ。

  

2016.9.6

  

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政治の話題  『孫子の代まで、謝り続ける』

 

阿部さん、『戦争法樹立』ということで、かなりたたかれている様子もあるが、
『慰安婦問題について、孫子の代まで謝り続けるということは、なくしたい』
という趣旨のもと、韓国と同意を得たのは、ひとつ、功績だと評価したい。

もちろん、時間が過ぎたからと言って、過去の汚点を消してゆくべきではない。
だけど、この問題に関して、韓国は、日本に対して、忘却しそうなので反省を喚起する、
というよりは、ただ外交の手札に使っているように見えた。
そこに、本来の視点とのずれを感じている人は多かったと思う。
それでも、百歩譲って、根源的な怒りが消えうせない、とするのなら、
加害者はどうなすべきか。
まず、第一感が、日本側がきちんと謝っていないのではないか、
うやむやのまま、けじめがついていなかったのではないか、という疑い。

政府の見解としては、賠償金も過去に払って、けじめはついているということらしい。
しかし、こういうことのけじめというのは、難しかろう。
経済的な賠償が、いちばん思い当たる償いではあるが、
『同じ道をたどらない』という反省もある。

前述の『戦争法』といった、わが国与党の動きを見れば、
『そこに反省は生きているか』と責められても仕方ない。

ボク自身は、日本国民の意識として、『戦争を忌み嫌う』というのは、
まだまだ多数のように見える。
これについては、世界中に胸を張りたい。

ただ、もう一度、阿部さんの想いに立ち返ってみると、
『孫子の代まで、謝るようなことはさせない』と言いながら、
じゃあ、対アメリカとの関係は、どうなんだ?? と聞きたい。

どう見たって、隷属関係。物言えぬ相手。
これは、孫子の代まで続いていいのか。

阿部さん、右寄りなら、きっとよく分かってくれるだろうが、
対アメリカの態度の中、ボクら日本国民の誇りは、どう考えればいいの?

孫子の代まで続かせますか?
と聞きたいのです。


  

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政治の話『軽減税率』など

さて、『軽減税率』、すったもんだしたようだけど、形が決まった。

まず、「税率を軽減する」という話だが、食料品など、3%とか、5%とかいうことになるのかなんて、勝手に考えていたら、「軽減」といっても、「8%に据え置き」ということらしいね。
やられた。
まあ、食料品に限ってだが、今より税率が減るなんてことはなかったか。そりゃそうだ。
でも、ほかが10%になって税収は明らかに増えるんだから、食品が今の8%を下回ることだって、可能じゃん??

もともと、来年の4月になって、ようやく『軽減税率』が実施されるが、どうしてこんなにもたもたしたかといえば、与党の言うことにゃ、3%や5%といった、低い?税率のうちでは、税率に差をつけるなんてことをすると、その煩雑な手間に金や時間がかかってしまう。
よって、10%になったら、取り入れようと思う、ということだった。

しかし、最終的に公明党と自民の猿芝居では、生鮮食品か加工食品まで入れるか、という争点だったが、生鮮食品だけを主張する自民党の論拠は
「あまり税収が少ないままだということでは、社会福祉のための財源に支障がある」
ということだった。
いったい、何をイメージして「社会福祉にかかるお金」とおっしゃっているか知らないが、日々の食費が安くなるという政策があれば、それこそ「社会福祉」じゃないんかい???

外国では、もっと微細に入って税率に差をつけているところがたくさんある。
それを、世論の矛先から逃れるために、「生鮮食品だけか、加工食品も含めるか」などという論点を押し出したんじゃなかろうか、と穿った見方もしたくなる。
いかにも真剣に論じています、という猿芝居にしか見えなかった。

だって、本当の『軽減税率』たるもの、生活必需品とはなんであるか、何がどれくらい必需であるか、という議論の末に決まるもの。
それを、生鮮食品だけか、加工食品も含めるか、という議論にすり替えられてしまった。

実は、それ以前に、生活必需品の度合いは激論されたか??
その議事録があれば、ボクは是が非でも見たいものだ。

現代人の生活必需品の必需の度合い、こんなおもしろい時代の資料はないだろう。


 

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日本の気持ち、アジアの気持ち

やはり、安部首相は、スケートの真央ちゃんとそっくりだと思うのだ。目元など、ウリ二つ。
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これは、世紀の大発見だったのだが、どうしても秘守できなかった。人の口に戸は立てられない、ということを表している。ぎゃは

さて、毎度、こんな前振りだが、
「ニッポンを取り戻す」のキャッチのもと、大勝した自民党だが、『ニッポンを取り戻す』とは、いかなることを言うのだろう。
一時期に比べて、日本が元気がない、もっと日本は気骨があった、などの言葉、マスコミを中心に、良く聞く言葉ではあった。そんな日本を取り戻したい、ということではあろう。
最近は、「日本はこんなに素晴らしいんだ」といった風な新刊が、よく本屋に並んでいる。
つまり、そんなに自信や元気を失くすなよ、と自ら叱咤激励する時期のようだ。

しかし、「取り戻す」ものが、良いところだけならいいが、せっかく修正してきた部分まで取り戻してしまってはならぬだろう。ここが肝心。
自民党の方向性は、どうもこの辺の混同があるように感じられてならない。

実際、過去の歴史に学び、その長所を再現できたら、素晴らしい。しかし、時代というものは有機的で、必要悪があったから、あんな長所もあった、ということが多いんだと思う。
たとえば、経済発展がとても高度だったと言ったって、諸外国、とくにアジアの途上国の様子も、当時と同じように再現できるわけがない。そういった諸条件が絡み合っていることを見失わないようにしたい。

中国、韓国に対して、もっとタカ派でありたい。あんなこと言わしといて、いいのか。
という機運も良く分かる。
当局の失態から目をそらさせるために、日本をスケープゴートにしている、という説もあるが、それにしても、相手に間違いを正させようとするとき、正しいことを諭させようとするとき、そういうときこそ、物言いに気をつけなければならない。吉野弘さんの詩「祝婚歌」にもある。

  正しいことを言うときは
  少しひかえめにするほうがいい

  正しいことを言うときは
  相手を傷つけやすいものだと
  
気づいているほうがいい

          (吉野弘「祝婚歌」より抜粋)


これは日本人だけに通用する文化なのだろうか。


ぼくなりに、まったく勝手な話だが、中国や韓国の気持ちを察するに、どうしても「やっかみ」を感じずにはいられない。

かなり日本の近づいてきた感じはあるが、どうしても、国際的評価は及ばない。

ノーベル賞や、国民資質の評価など。


これまたボクなりの勝手な推測だが、日本は、日本人としての人種的な長所があるというよりは(遺伝学的には、日本人特有とされるような遺伝子の特質はないとされている)、日本の近代の歴史背景にあると思う。「がんばろう」というモチベーション。これの、他を凌いだものが、日本にあったんだと思う。


敗戦。東京裁判。賠償。

戦後の焼け野原をシンボルとする、日本の傷跡から、大きな大きなモチベーションが生まれた。

でも、それは、中国や韓国も同じ。

大きな違いは、彼らは「何も悪いことをしていない、一方な被害者」であるのに対し、日本は「侵略し、真珠湾で奇襲した、わるもの」である。そういうレッテルのもと、日本の方がモチベーションが高いのは、容易に想像できる。


いまや、オリンピックでも、中国、韓国選手の活躍、目覚ましいものがあるが、先鞭をつけたのは、やはり日本だろう。
「日本にも出来てるんだから」という思いが、中国、韓国の追い風になったことは、多少なりともあっただろう。

こんな逸話がある。東南アジアのある国、米国との合同軍事演習の際、キャンプ内において、米兵からあらぬ差別を受ける。かれらアジア兵が思ったのは「早く日本兵が合流してくれないかなあ」ということ。日本人が合流すると、米兵の態度が変わる。日本は一目置かれるから、東南アジアのその国への差別もなくなるのだという。

植民地から解放するという大東亜構想も、ちょっと空想話の感が否めないが、実際に、欧米からの視線にあった眼鏡の曇りを、日本人がふき取ってきた事実はあるのだろう。

ボクらは誇りを持つ。日本人としての誇りを持つ。当然だ。
しかし、その誇りの一部を勝ち得たモチベーションの一つに、「戦争を始めた悪者」というレッテルがあることを思い出したいと思う。

  

 

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とりあえず、政治を切る(あるいは切られるww)

まず、
やんちゃな中国政府。
とりあえず、国内の不満をそらすために、なんだかんだ諸外国に火種を作る、
という説もある。

だけど思うのだ。
中国、韓国のいつもの振り上げたこぶし。
「歴史を反省せよ」

盧溝橋だとか、満州鉄道だとか、
理不尽な言いがかりによって、他国に乗り込むことを正当化した、かの戦争。

近来の横暴な中国政府は、まさにそれを髣髴(ほうふつ)とさせる。
尖閣諸島とか、なんだとか。

「こんな風なやり方でしたよ、あなたたちも」
と言っているように思えてならない。

ボクの世代、「戦争の反省、非戦の決意」は常識なんだが、
ちゃんとした贖罪(しょくざい)は行われていなかったのか、否か。
きちんとした記録の一覧がほしい。

やはり、他人たる他国、
以心伝心というわけにも行くまい。
公式な文書のやり取りなど、後始末は、どうなってるのか。

自分で調べろって?‥‥ごもっとも。


もうひとつ、
特別秘密保護法。

ここんとこの国会中継は、なぜか見入ってしまう。
しかし、野党の追及に対する言い訳答弁はもう十分。
それより、
「なぜこの法が必要か?」
ということを、法案提出側に、もう少し説明してほしいのだ。
そこがボクはあいまいでもどかしい。

そんなの常識??

ボクの解釈では、
「秘密」を守らねばならないのは、敵国に対抗するため。
秘密が漏れることによって、戦争が不利にならないようにするため。

これに対峙する考えを思えば、
武力による紛争解決をしないということ。

戦わないなら、秘密もいらない。

だいたいやねえ!(懐かしき『一九分け』のまね。彼は今どこや?)
明らかに武力たる自衛隊があるのはおかしい。
武力が必要かどうか、というより、
武力所持という既成事実を作ってから、憲法を変えるという前後不覚がなさけない。
これがわが国の現代史だ。なさけない。
せめて、憲法を変えてから、自衛隊を設立してほしかった。

とりあえず、国と国、
宇宙からは見えないと言ったって、歴然と存在する国境。
国に分かれているうちは、その取引、小競り合い、駆け引きは当然だろう。
それらを総称して「外交」と言うのだろう。
軍備は、その大きな切り札にもなりえよう。

しかし、地球がひとつにまとまれば、外交もいらない、軍備がいらない。
デイドリームビリーバー隊員としては、当然それが目標だ。

以上、政治を切ってみた? 大根切りである(笑)。

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原発推進派に、金が入る

ふむふむ。
やっぱり金かね。(軽く韻を踏む)

原発事故のずっと前から、清志郎は、一人で歌っていた。いまさら、流行みたいに、みんなが口 をそろえるのも、ちょっと寂しかったり。
チェルノブイリやスマイリーを見れば、みんな明白だったんだ。「日本は特別」なんてことはない。
だいたい、どんな に原発が安全だって、廃棄物は半永久的に残るのだ。放射性物質は、何百年も残る。それを地中に埋めておくのだ。こんな安全ってある?

金があれば、うれしい んだね。
でも、真正面から、その論理に、対峙していく正論を、ぼくらは本当に持ち合わせているのだろうか。
金がほしい、という気持ちを、どうやって論破で きる?

これは、ほんとうに「生き方」の問題だ。

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普天間はどこに

もともと、自民党がアメリカ政府とした約束を反故にできるのか、という疑問はあった。

案の定だ。

それにしても、みんな社民党や日本共産党を支持しないということは、アメリカの基地は日本に必要だということなのだろうに。

日本には必要だが、自分の町にはおいてほしくない、という論理。いやあ、当該地域の人だけ責めてるんじゃないよ。

どこか根本的に違う気がするんだ。

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