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2018年1月

『すれ違い様』

『すれ違い様』

すれ違い様、
風を起こして、
少年が駆けていった

大きなかばんに、なんだかいろいろ詰め込んで、
背中でガチャガチャ揺らしながら、
少年が駆けてゆく

ボクも少年だった
今はその代わりに、
彼が少年になった
これからまた幾年(いくとせ)か
ときが過ぎ行けば、
また別の誰かが少年になっているだろう
そして
何かいっぱい詰め込んだかばんを
ガチャガチャ鳴らしながら、
目の前を駆けてゆくだろう

少年でいられるのは、
ほんの少しの間だから
そうやってガチャガチャ駆けてゆくことで、
ずっと少年でいられるかのように
そんな風に駆けてゆくんだ

だけれども、
いずれ少年と呼ばれなくなっても、
少年だったものたちの耳には
大きなかばんのガチャガチャという音が
ずっとずっと鳴っていて
そんなことをよく分かっているかのように、
少年は駆けてゆく、
命いっぱい

 

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「ほんとはないもの」

  「ほんとはないもの」

そりゃ、
絆(きずな)なんてものは、
ホントはないのかもしれない
でも、本気で信じているうちに、
人生も過ぎてしまえば、
それは、あったも同じこと

まあ、
愛なんてものも、
ホントはないのかもしれない
でも、
愛を探り、愛を求め、愛を信じ通せば、
それが愛の存在証明だろう

   形ないものを信じるのは、きつい
   でも、形ないものを疑いなく信じられるなら、
   そこにホントの、人生の彩りがある

憎しみなんてものは、
愛と絆でできているのかもしれない
ありもしないウラみと、
ありえないタクらみに、
ボクらは、いつも試されている
そのウラハラのまばゆい輝きを知れ、と

  

    2018.1.9

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「北」は、なんと駄々っ子な

「北」は、オリンピックに出たいのだ。

誰の目にも明らかだ。

平昌冬季オリンピックが近づいてきて、
「北」の柔軟ぶりは何とも、あからさまなほどである。
子どものようだ。
分かりやすい。

子供をあやすように扱うのがいいのかもしれない、と思ったり。

やっぱり、ソンショクない「一員」と思われたいのだろう、と思ったり。

なんとも駄々っ子のような

そりゃあ、文化や政治が遅れていようが、
人間、そう違うもんでもないだろう。

そりゃ、そうなんだ。

 

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人はなぜ消える ~追悼:星野仙一~

NSPの天野さん、はしだのりひこさん、と
少なからぬ影響を受けた人の訃報は尽きないが、
星野仙一さんも逝ってしまった。

「人はなぜ消える」
とは、もう亡くなって10年になろうとする父の遺作の一部だ。

人が死ぬことを「消える」と言い表した。
その表現は珍しいが、なんとも言い当てている。

先ほどのその訃報の中で、巨人の長嶋さんのコメントがあった。
「彼はとても情熱的な方で、いつも闘志をまっすぐ燃やして来られた。
 だから、こちらも、遠慮することなく、真っ向からそれに立ち向かって行けた。
 だから、彼との戦いは、とても楽しみだったのです。」

ああ、ここにもう一人の闘士が。
長嶋さんも、星野さんを闘士ならしめたひとりである。

「遠慮なく、真っ向から立ち向かって行ける相手」
なんて素敵な言葉か。

 

 

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