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2017年5月

「A Song for You」を和訳してみた

カーペンターズの「A Song for You」が、最近、ヘビーローテイションだった。
特に間奏のサックスの広がり。

調べてみると、レオン・ラッセルの原作という。
レオン・ラッセルという名前は聞いたことはあったが、代表曲さえ知らなかった。
「A Song for YOU」は、レイチャールズもカバーしているとも知った。

各連、最後の一行、

We were alone and I was singing this song for you

この英語が聞き取れ始めて、意味を考えるようになるにつれ、この歌の魂を思わずにいられない。

僭越ではあるが、和訳してみた。


A SONG FOR YOU

いろんなとき いろんなところで
いろんな歌をつくり、そして歌った
何千人を前に 愛を奏でても
誰もの孤独に この歌 歌おう

きっと君の持つイメージは
理想のボクなんだろう
互いのイメージがすべて 偽りでもかまわない
誰もの孤独に この歌 歌おう

   真実なんてものに 意味はないんだと
   君は教えてくれた
   もし今でもぼくの 言葉が足りなくても
   そのメロディーに 隠れた愛を 聞いておくれ
愛を確かめる 術などなかった
でも 君は変わらぬ友で いてくれた
人生の最後に そのことを思うよ そして
誰もの孤独に この歌 歌おう

誰もの孤独に この歌 歌おう

– A Song For You Lyrics
I've been so many places in my life and time
I've sung a lot of songs I've made some bad rhyme
I've acted out my love in stages
With ten thousand people watching
But we're alone now and I'm singing this song for you

I know your image of me is what I hope to be
I've treated you unkindly but darlin' can't you see
There's no one more important to me
Darlin' can't you please see through me
Cause we're alone now and I'm singing this song for you

You taught me precious secrets of the truth withholding nothing
You came out in front and I was hiding
But now I'm so much better and if my words don't come together
Listen to the melody cause my love is in there hiding

I love you in a place where there's no space or time
I love you for in my life you are a friend of mine
And when my life is over remember when we were together
We were alone and I was singing this song for you

We were alone and I was singing this song for you

ボクの親しんだ、カーペンターズ・バージョン。
サックスの間奏のダイナミクス。

https://www.youtube.com/watch?v=_PMgmgDq2Fo

原作はレオン・ラッセル
https://www.youtube.com/watch?v=37dw2r45Xzg

レイ・チャールズもカバーしていた。
https://www.youtube.com/watch?v=JSlv_n-gBmk

だけど、この最後の一行、
we are alone
は、ちょっとニュアンスが違うのかも知れん。

それは、ボズ・スキャグスの We're all alone の方かもしれない。

それでも、今回の自分の訳は好きだ。

 

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トランプを切る、あるいはトランプ騒動について

トランプを切る、あるいは、トランプ騒動について

トランプ米大統領について、昨今大騒ぎのマスコミだ。
それは、なんだかんだ言っても、アメリカが世界の中で、大きな影響力を持つことの証明でもある。
彼によって、世の中はいったいどうなってしまうだろうといった、不安を書きたてる論調の中で、ボクはなんだか、うきうきしている。

不謹慎といわれても仕方ないが、この、『普通なら当選するはずもない』大統領は、退屈で変わりばえもしない日々、というものを、なんとも刺激的で、ドラマティックなものにしてくれた。
少なくとも、ボクにとっては、それは事実だ。

さらに言えば、トランプ氏の言動は、さほど突拍子もないことではないのだ。
自分の国の繁栄と利益を求めるのは、その国の代表として、至極当然のこと。
逆に、『もっとグローバルな視点で』と言ったって、アメリカが世界のさまざまな紛争などに口を出すのを疎ましく思っていたのではないか。
『世界の警察』だとか、思い上がりだ、という論調。

最近のマイブームである『個人の尊厳と、他者との共存』というテーマ。
トランプ氏が、再び提示してくれたようでもある。
個人と国家の違いがあれど、自国の利益を最優先するか、グローバルな視点で考えるようにしていくか、これは、まさに、このテーマに思える。

端的にまとめてしまえば、『グローバリズム(地球規模の視点)か、ナショナリズム(自国優先の視点)か』。

結論から言えば、両者がバランスよく両立するのが理想だろう。

ただ、ここへきて、トランプさんの当選や、イギリスのEU脱退など、ナショナリズムの台頭が目立つ。
それは、『グローバリズムとナショナリズム』の振り子が、それまでに『グローバリズム』ばかりに偏って振れていたからだろう。
それが始まったころ―――――――すなわち、人々の視野がようやく地球規模まで広がって、その視点で社会を見始めたころ、それはなんとも画期的で、未来志向的な新鮮さで迎えられた。
しかし、日本でも、結局『地方活性』の視点が生まれたように、世界だって、各国がみな地球のほかの国々と画一的になることのくだらなさ、無意味さに気づいてきたんだろう。
振れすぎた振り子は、必ず今度は逆へ大きく振れる。

この前、本屋さんにあった新刊で、田原総一郎『トランプの今こそ、日本がアメリカ従属に縁を切るチャンスだ』(ボクの記憶による題名。正確ではないが、主旨はこんな感じ)というもの。
論理の構造は違うかもしれないが(読んでないから)、ボクも似たようなことを考えた。
世界がナチョナリズムの流れに便乗するなら、日本もその風体で、ナショナリズムの流れ的なアメリカとの関係を打ち出すチャンスだ、ということ。
日本にとってのナショナリズム的なアメリカとの関係―――――それは『従属』とは異なるものだろう。
これまた、論理の構造の中身は知らねど、森本毅郎(たけろう)さんも同じ意見らしい。
(もちろん、論理の構造がいちばん重要だけどね)

さて、個人的にもっと重要なのは、これらのことがまた『個人の尊厳と、他者との共存』に立ち戻ったときに、また一歩深みを与えてくれるか、というところ。

そして、そこから、世界共存の理想も見えてきてほしい、ということ。

僭越ながら、考えたことを率直に述べさせていただいた。

 

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わおんよ、どこへ

さて、「わおん」については、前に語ったが、発展性は大きいようだ。
実際、使用できる店舗も、「ツルハ」、「ファミマ」、「ローソン」と順調に伸ばしている。

先に語ったのは、「わおん」カードは、決済が終わったタイミングなどで、「わおん」と鳴くのだが、どう聞いても「わおん(和音)」ではなく、「単音」である、という件(くだり)までだった。
この話を神楽坂のオープンマイクでMCとして用いたところ、食いついてくる若者がいた。彼曰く、
「でもカード読み取り機は『コード(和音)』でつながってますよ!」
いつの世も、『その続き』は、次の世代に託されていくんだなあ。

さて、疲れていたせいか、そのとき、
「『わおん』でお願いします」というべきところを、
「『ワイン』でお願いします。」言ってしまった。
私が甲州人だからなのか。
甲州では『ワインカード』がいいのか。

この続きも次の世代に託したいところだが、あえて考えてみれば、
支払いを『ワイン』で、ということであれば、
その後は「物々交換ですね。」ことになろうか。

わおんよ、どこへゆく。

というより、話はどこへ行く、というべきか。


 

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