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日本人であることは恥か誇りか

福島県の災害から県外に避難している子供たちが、またイジメにあったと報じられる。

昨日のニュースなどは、ただ福島出身であるというだけで、大学の講師が授業中に嫌がらせをしたというもの。
授業中に講師は、教室の電気を消して、「放射能を浴びているから、暗闇で光ると思った。」と言ったらしい。

あの日本を揺るがした大惨事、負けるな日本、いまこそ絆を、とエールの木霊(こだま)したひととき。その真芯にいた被災者たちが、同じ日本人からいじめを受けている。

日本って、最低の国だな。もし、ぼくが、遠い外国から、この報道を知ったなら、ぼくは、日本にいなくてよかったな、と思っただろう。日本人ってのは、世界の中で、最低の国だな、と思っただろう。
いや、実際、ここ日本にいる僕は、日本人として骨身にしみる思いで言うよ、
『日本人ってのは、ホント、最低だな。』

あまり多くの見聞はないが、いじめと言うのは、世界中にあるらしい。
なぜ、いじめはなくならないか、
それは、立ち向かうべき大きな課題だろう。
『命を懸けて答えを出すのは、戦う相手が強いから』だ。
(泉谷しげる『なぜこんな時代に』より)

イジメを苦に、自ら命を絶つ、
こんな胸を締め付けるニュースを何度も聞いてきた。
イジメは、学校ばかりか、大人たちの職場へも広がっているという。
それは、人間というものに、もとから備わった性質なのか。
戦争がなくならないように。
『僕らは知りすぎてる、なぜ人が人を殺すのかもね』
(『また会おう』吉田拓郎

人というもの、完璧な神様には及ばないものだ、というところは異論のないところだろう。
それでも、イジメや戦争が心苦しいのであるならば、それを何とかしようとするのも、また人間なんだろう。

何年か前、魚に詳しい「さかなくん」が、とある新聞の取材で、こんなことを言っていた。
魚なんかを水槽に入れて飼おうとするとき、その狭き水槽の中で、よくイジメめいたものが起こると言う。
それと同じように、学校で起きるイジメの要因のひとつは、現実の社会に比べて、その教室の中は、狭苦しく、閉じられた空間であることか。
その空間だけが世界あるかのように考えてしまい、その外側に、圧倒的に多彩で広大な『世界』があることを忘れてしまう。そして、歪んだイジメのような行為に至ってしまう。
以上がさかなくんの説である。

僕はその説になんともすんなり納得できるものがあった。

いま、福島にかかわる人の、そういった報道から思うのは
災害の風化である。
それでも、放射能だとか、記憶に残っている部分もありつつ、
それが現実に何を突きつけているか、とか、
本質的なことの風化は、まぎれもなく始まっている。

いつまでも傷を残さず、癒そうとしていくのもまた真実。
だけど、忘れちゃいけないこともある。

がんばれ、日本!
と、国の内外から沸き起こったその声のあて先が『日本』であったことを思えば、
あらかに傷の癒えきっていないこのとき、そのいじめが日本の中で、日本人の手でなされていることを看過できない。

2017.2.22

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

『弱い者たちが夕暮れさらに弱い者を叩く』(ブルーハーツ・TRAIN-TRAINより)

「自分は彼らより強いんだ」「自分の方が彼らより偉いんだ」誰しもがそんな想いを抱いてるかもしれませんが、いじめはそんな想いが人より強い人間が起こす行動なのかもしれません。

しかし、最近は大人も『幼児化』してますね。大学の講師が率先していじめをする……ちょっと前には横浜の教育委員会が「福島の子が150万円巻き上げられたのはいじめではない」と発表し、避難を浴びて謝罪するという事件もありましたね。

どういう基準でそう判断したのかわかりませんが、そんなこと考えるまでもなく『いじめ』であり、人として最低なことでしょう?よくまあそれで人の上に立てますね、と言いたいです。

子どもを守るべき大人がいじめの主犯格になる……嘆かわしい世の中です。

「いじめによる自殺は他殺である」
ワタシの大尊敬する上野正彦先生が著書で言っていました。

昔はクラスの中にガキ大将がいて、クラスの誰かがいじめられるとその相手をやっつけたそうです。
いじめのひとつの原因として、人間関係が薄っぺらくなったのもあるんじゃないかと思います。『絆』『団結』というものがなくなりました。

しかし、3.11のときに日本中『絆』で溢れたはず。でもそれがいつしか崩れ、いじめの連鎖が始まった。

「日本て最低だな」

同じ日本人としてとても心が痛いです。

「日本に生まれて良かった」

そう胸を張って言えるように、ワタシたちも考えなければいけない時期なのかもしれませんね。

『いじめは最低だ』
そう思える人がひとりでも多く生まれますように。
そして願わくばみんなが笑って過ごせる世の中になりますように。

乱文失礼しました。

投稿: 由伊 | 2017年2月23日 (木) 07時59分

由伊ちゃん、いつも、コメント、ありがとう。
返信、遅れました。

まず、あのときの『絆』という言葉が、なんと薄っぺらいものであったか。ということ。

思えば、避難してから5年以上が過ぎ、転校した子供と迎える側などには、さまざまなドラマがあったろう。
たとえば、そこにいじめの源(みなもと)のひとつがあったかもしれない。
被災者ばかりがスポットライトを浴びるのが気に入らなかったかもしれない。
転校だけでも縮こまる子供に、被災の記憶は、ますますいじめやすい性格にしていたかもしれない。
ひとつの不幸が、こうして二次的、三次的な不幸を呼び込んでしまう、ということがある。
ボクは当時から『絆』という言葉をいぶかしく感じていた。
でも、それは、もしかしたら誰かのエールになっていたかもしれない。
そう思うしかないのだが、『絆』、『絆』というキャンペーンは、少なくとも、僕の胸には響かなかった。
だから、あの『絆』の木霊(こだま)に対して、被災者へのイジメって何なんだ??って思うんだけれど、
やっぱり『絆』という言葉の、あのときの違和感から考え直さねばならん。
そこにヒントもありそうだ。

とにかく、あの津波の映像には度肝を抜かれたが、
あのときより、今回のイジメ報道のほうがなぜか、悲しい。
天災はあるだろう。だけど、今回の一連の報道は、信じていた何かを崩し去った。

『日本人って、最低だな』

この悲しい言葉を、この真にかなしい気持ちで記す。とりあえずは。


投稿: ソリタリョウ | 2017年3月 1日 (水) 15時41分

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