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『無言館』に行ってきた。

長野県は上田市にある『無言館』というところへ行ってきた。
もうひと月になるだろうか。

それがどんなところか、噂には聞いていた。
第二次大戦中、絵画の勉強をしていた学生が、戦争に召集され、若き命を散らしていった。
その作品の一部を収集している美術館である。

1474076430261 さて、その旅は、それを見に行こうという志の人たちの、バス一台の小旅行であった。

帰路のバスの中で、ありがちな、感想を順番に述べてゆくシーン。
ボクは、こんな風に述べたように記憶する。

今回は、初めての訪問だったけど、『無言館』がどんなところかは、噂で知っていた。
さて、それを見て「やはり命を奪う戦争は悲惨だ。平和な世界を求めたい」というのでは、あまりにも教科書通りでしょう。

で、
実際に無言館に入っていくと、左の壁に、まず、館長のお言葉。この美術館収蔵の絵を収集した方でもある。
彼の言葉の中に、確かこんな表現があった。

「当時絵を描いて、それを学んだりしていたが画学生にとっては、絵を描くことは、命の燃焼、至高の歓びであったでしょう」

これこそ、求めていたキーワード。

なぜ若くして死んだ彼らの絵が訴えるか。
彼らは、夢半ばで死んだから?
将来有名な画家になったかもしれないから?

そうではなく、
彼らが命を燃焼していた、至高の歓びの日々を断ち切られたからだ。

戦争さえなければ、それでよいか。
戦争のない日々だけが求められるか。
それは単にひとつの条件に過ぎない。

平和の日々の中で、ボクたちは命を光煌々と燃焼するのだ。
画学生の絵たちは、その瞬間を切り取って、そこにある。

例えば歌の好きなボクなどは、歌が好きな若者と交流したりする。
歌い続けるのか。辞めるのか。
例えば、野望を持っているものなどは、志は叶わぬかもしれない。
しかし、今日この時点で、歌うことに至高の歓びを見いだせていれば、
重要なのは、将来の夢がかなうか否か、ではないのは明白なことだ。

その無情な歓びを自身は満喫し、
きっと親なども、小言を言いながら微笑ましく思い、
命を与えた創造主などがいれば、彼もきっとご満悦なんだろう。

絵はもともと『無言』。歌とは違う。
その無言の中で形ある絵は語り続ける。
ボクもそれに共感できる歌を、いつも携えていたい。

   2016.10.20

 

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コメント

『無言館』一昨年松本へ一人旅したときに行こうと思いましたが、あまりにも交通の便が不便なので断念しました。

本では観たことがあります。

なんと言うか……語りかけてくるものがありました。

彼らは絵を描いているとき、どんなことを考えていたのでしょうか?永遠にこの時が続けばいい、そんなことも思ったでしょうか?

知っての通り、ワタシもイラストレーターの端くれです(まったく売れないけどw)あるとき、音楽仲間がこんなことを言ってました。

「絵は音楽に負ける」

そうでしょうか?
確かに音楽ならば街を歩いていても、買い物にデパートへ入っても、嫌でも耳に入ってきます。
その点、絵は美術館へ行くかギャラリーへ行くかしないと目に飛び込んできません。

でも「負ける」ことはないと思います。と言うか、勝ち負けではないと思います。

ワタシの夢は世界規模で活躍することですが、観た人が笑顔になるようなそんな作品を世に残したいです。

世界中の人を笑顔にしたい。無論、ワタシ一人の力では不可能なので、次世代にこの想いを繋げていけたら、そしてまたその次の世代に……そんな素敵な連鎖が起きるといいな。

『無言館』一度は足を運んで、彼らの声なき声を聞いてきたいと思います。

投稿: 由伊 | 2016年10月21日 (金) 11時06分

そうだね。
現地に行けば、きっとそこでしかわからなかったことがあると思う。

「世界中を笑顔にする」というのは、突拍子もなく、かつ素敵な夢だ。
余計な干渉の嫌いな性格だが(笑)、この夢を忘れないでほしいな。

投稿: ソリタリョウ | 2016年10月23日 (日) 16時04分

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