«   詩作 『初舞台』 | トップページ | 「まちなかステージ」@防災新館(県庁)・県民ひろば、今日なのだっ! »

『戦争法』の機は熟すか?

さて、ガンジーの無抵抗主義が実を結んだという史実もありつつ、
ボクらは自国を守るために、どんな道を選ぶべきか。

昨日(2016年9月5日)などは、北海道沖に北朝鮮のミサイルが落ちた、
という現実の脅威(?)にさらされながら、
あるいは、
手を緩めれば、一気に中国に尖閣諸島を奪われてしまう、
という危機感を抱きつつ、
自衛隊を自国の軍隊として、自在に駆使することができないのは、
まさに歯がゆい・・・・・
ことなのか(^-^;

もともと『戦争法』を持ち出した安部さんの自民党、
そのむかし、「自由党」と「民主党」が合併してできた政党で、
その統一理念の一つとしてあったのが
『憲法改正』である。
つまり、結党の誓いとも言える。
しかるに、自民党を支持することは、
『憲法改正』を支持することに通ずる。

思えば、結党当時はまだ、北朝鮮や中国の『暴走』もなく、
そのころ『憲法改正』のモチベーチョンはどこから来ていたのだろう。

よく言われるのは、
『アメリカのお仕着せ憲法だ』ということ。
あるいは、
『アメリカ依存の防衛体制が、日本国民の誇りをそぐ』ものだということ。

ほんとうに、その内容に共感できるのであれば、『お仕着せ』だとて、
改正はいらぬところだが、
今の憲法には『アメリカの思惑』が絡み、たとえば
「自国に誇りが持てなく」させる原因でもある、ということならば、
『改正』も十分あり得る。

終戦から長らく、『二度とあんな悲惨な戦争は繰り返さない』
という反省の思いが、この先、どんどん薄らげば、
それが『機が熟した』というこなのか。

≪戦争⇔敗戦⇔痛み≫ という関係の中から、
もっと別の芽も現れている。

例えば、手塚治虫。
彼の作品の生涯のテーマだとされるのは、ヒューマニズムや、人種差別。

進駐軍の占領下、ある晩、ふらりと外出した手塚氏、
すれ違った二人の米兵に、なぐられる、けられる。
理由なんかない。笑いながら、彼らは去っていく。
若き日本青年の胸に去来したのは、いかなるものか。
この理不尽な暴力を解説できるのは、いかなる学説か。
手塚氏が、晩年『まだまだ描ききれない』と言ったエネルギーの
源の一つには違いないと思う。

ボクの少年時代、マンガ雑誌に連載されていたものに
『空手バカ一代』というのがある。
極真空手の始祖、大山倍達さんの半生を描いた漫画だ。
大山氏は世界中を武者修行に歩き、「ゴッド・ハンド・マス」
の異名を持つ、けた外れのツワモノだった。

若き日の彼を、限界の修行へと駆り立てたもの。
それも、やはり進駐軍の無謀ぶりだった。
アメリカ占領下で、我が物顔にふるまう米兵たちの様子を見ては、
自分を鍛える決心を固めてゆく。
彼は、ひとり山にこもり、人里恋しくなって山を下りたくなった時のために、
自身の濃い眉毛を、順番にそり落とし、片方だけのまゆでは
みっともなくて人に会えぬ、と自分を追い込み、修行を続けた。

近年亡くなられた、永六輔氏。
晩年、彼は甲府の桜座に度々いらして、
ボクも二度ほどステージで拝見した。

その中で語ってくれたのが『上を向いて歩こう』秘話。

永さん、終戦時は小4だった。
期せずして、日本に来たマッカーサーが言ったのは
『今の日本人は、いわば小4の程度です。』
何のレベルか、詳しくは知らない。
永さんはそれを聞いて、自分も小4であることにも重ね合わせ、
ひどくショックだったと言う。

そして、その後、その悲しさ辛さを乗り越えようと
まとめたのが『上を向いて歩こう』だという。

『上を向いて歩こうは』その後アメリカに上陸し、
アメリカにおけるヒットチャートで、日本語の歌として、
初めてナンバー・ワン!!に輝いた。
巡り合わせというのは、なんとも妙なものだ。

手塚治虫の存在によって、格段の進歩と発展を遂げた
と言われる日本の「マンガ」は、
今や政府も公認の日本のコンテンツであり、
世界に誇る日本の文化として花咲いた。

大山倍達氏が開いた極真空手。
確か長渕剛もこの流派だったか。
説明するまでもなく、「カラテ」は、今や、日本のイメージの一つだ。

これらの、
今や日本を代表する三氏に共通なもの。
『敗戦の痛み』から始まったもの。
それは、決して『応戦」』ということではなく、
『悲惨な歴史の繰り返し』でもなかった。

そして、日本の誇りをそぐどころか、
先頭に立って、まだまだそれを、けん引しているではないか。

『右の頬を打たれたら左の頬を出せ』とは、
キリスト様のお言葉らしいが、
相手が武器を振りかざしてきたら、
それを上回る武器もて、立ち向かうことだけが、
選択肢ではないんだ。

  

2016.9.6

  

|

«   詩作 『初舞台』 | トップページ | 「まちなかステージ」@防災新館(県庁)・県民ひろば、今日なのだっ! »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

まあ、難しいことですよね。
何ていうか日本はアメリカに頭上がらないんでしょうか?

いつも気になっているのが『終戦記念日』という言葉。
戦争に負け、ひどい被害を受けた日本が『記念日』という言葉を使うのはおかしい。
これはどうしてもアメリカに言わされてる感があるんですよね。
日本の『6・3・3』制度も学校の理科室に偉人の肖像画がないのも、日本人の頭の良さ、科学技術のすごさにマッカーサーが恐れをなしたから、これ以上日本人のIQを上げてはいけない、科学技術の偉人を見て日本人が憧れを持ち、これ以上科学のレベルを上げてはいけない、そのせいで日本人は戦前よりもすべてに遅れを取った……という話を聞きました。

「小4レベル」確かに何が?という感じです。
お三方の話を聞くと、悲しみや悔しさは大きなエネルギーになるんだな、と思いました。

何も武器を手にして戦うことだけが強さではない。それよりも相手にどうだ!参ったか!という気持ちを持たせることが最高の強さだと思います。

戦争→敗戦→敵討ち……この連鎖は断ち切らなくては。

……趣旨がよくわからなくなってきてしまった(^_^;)
何ていうか今回の話は人類の永遠のテーマなような気がします。

投稿: 由伊 | 2016年9月 7日 (水) 10時52分

コメントを、ありがとう。
とても感謝します。

『戦争記念日』の『記念日』に関しての違和感については、全く同じものを感じました。
なにか、『記念日』というのは、うれしかったことについて使う印象がある。
しかし、『記念』という熟語を分析してみれば(でた!、マイブーム(^-^;)
「しるして、ねんずる」=「記録して、心に留める」という意味であろうから、ここから思えば、何の問題もないところだ。
とはいえ、言葉というものは生きている。
その言葉に、時間の流れの中で染みついたイメージというものは、理詰めで割り切るのも無理が出る。
では、『記念日』に対して、なんという言葉があるだろう?
例えば、太宰治などは、『桜桃忌』という素敵な命名のもと、しのばれる。
これに準ずるような、『~~~忌(き)』というのはどうだろう。時間がないのでこれできりにするが。

アメリカの策略説については、なんとも言えないところだが、
実際、自分の社会にどんな問題があるのか、どうして行ったらいいのか、ということを、もっともっと考えてゆく。
これに尽きると思う。
アメリカの腹の内を探るのもよいが、ボクらはボクらの目で、自分たちの社会や生活をよく見て、そこに疑問や不満があれば、直してゆく。
それは、とても大事な気概だろう。
アメリカのフィルターなど通さずとも、直にボクラの環境を検証したい。

戦争で打ち負かすことと比べて、これらの三氏が、築き上げたものは、なんと誇らしくも、ボクらの支えであることか。
支えとは、単に誉(ほまれ)ということに限らず、例えば、空手道に身を置くこと、手塚作品を深く読み解くこと、永さんの言葉を味わうことが、ボクらをいつも支えてくれる。
ということ。
 

投稿: ソリタリョウ | 2016年9月 9日 (金) 10時38分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/516552/64168578

この記事へのトラックバック一覧です: 『戦争法』の機は熟すか?:

«   詩作 『初舞台』 | トップページ | 「まちなかステージ」@防災新館(県庁)・県民ひろば、今日なのだっ! »