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「何も分かってなかった」

『何も分かってなかった』

いつの間にか その街でも
あの女の子が胸に我が子を抱いていたりする
その彼女の、幸せに満ちた微笑みを、
見てみれば
やっぱりそうだ
ボクは何も分かってはいなかった
せいぜい深く掘り下げて
考え続けてきたつもりでも
ボクは何も分かっていなかった
ボクは人間というものを
何にも分かってはいなかったんだ

いつだってそうだ
街には人が溢れ
ときに若者たちは、
カップルだったり
カップルではなかったり
その当たり前のさまを見てみても
やっぱり
ボクは何も分かっていなかった
ずっとずっと
考え続けてみたつもりでも、
ボクは何も分かっていなかった
人間について

いったいボクは何を見て来たろう

人というもの
人というもの
と、立ち止まってみては
その所作の理由を
深層心理を
論理を築いては、また積み上げては

でもそれは、モノローグだったか

人というもの
人間というもの
赤子を抱きながら
次の世代
次の世代に寄せるもの
愛に傷つき傷つけて
それでもまた似たような過ちを繰り返しながら
そんな流行り歌を鼻歌しながら

ほんとうにあたりまえの
誰かと誰かの狭間に紡がれる
ほんのり淡く
そして揺るがぬ如くに頑丈な
その狭間を満たすものを
ボクは考えに入れていなかったんだな

「人間とは何だろう」
と大仰(おおぎょう)に構えれば
そのナルシズムが
ボクをますます偏見に貶めた

まず
まず人間とはと問う前に
かの眼差しの注がれる宛や
それをまっすぐ受け止める感性の器
ひとりひとりの身体や心を
施術台に乗せて解剖してもわからない
誰かへ、何かへ必ず向かうそのベクトルを
熱くやわらかな思いを
考えに入れて行こう
せめて あとの日々が
まだ残る間だけでも


 

2016.9.23

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コメント

素敵な詩だとおもいました。
ワタシも『人間(ひと)』というものについて深く考えたことはありませんでした。

産まれて生きて死ぬ……当たり前のようで、そんなことはない。
70億分の1の確率で出逢い、愛し合い、子孫を残す。それが何万年、何千年と続いてきたんですよね。

ワタシも父と母が出逢わなければ、この世にはいなかった。
絵を描くことも歌うこともなかった。

出逢い、生命の神秘……様々なことを胸に抱きつつ、残りの人生謳歌したいと思います。

乱文、失礼しました。

投稿: 由伊 | 2016年9月23日 (金) 18時13分

由伊ちゃん、コメント、ありがとう。

金八先生ではなかったかもしれないけど、
ひとりだけなら『人(ひと)』、人が複数になれば、人との関わりが勘定に入ってくれば『人間』なのだ、という話を聞いたことがあります。
無人島で一人で暮らすのでなければ、ボクらは「人間」としての生き方を抜きに、自分の生き方を考えることはできないのでしょう。
それは、人というものがあ「社会的な生き物」であると同時に、人との関わりなしに、人間の文化は、続くことが不可能だからでしょう。

でも、そんなあたりまえのことを、ふと忘れていたりするんでしょうね。
ボク以外の人がいなければ、なんとも考えることは少ないことでしょう。

投稿: ソリタリョウ | 2016年9月24日 (土) 09時18分

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