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2016年9月

「何も分かってなかった」

『何も分かってなかった』

いつの間にか その街でも
あの女の子が胸に我が子を抱いていたりする
その彼女の、幸せに満ちた微笑みを、
見てみれば
やっぱりそうだ
ボクは何も分かってはいなかった
せいぜい深く掘り下げて
考え続けてきたつもりでも
ボクは何も分かっていなかった
ボクは人間というものを
何にも分かってはいなかったんだ

いつだってそうだ
街には人が溢れ
ときに若者たちは、
カップルだったり
カップルではなかったり
その当たり前のさまを見てみても
やっぱり
ボクは何も分かっていなかった
ずっとずっと
考え続けてみたつもりでも、
ボクは何も分かっていなかった
人間について

いったいボクは何を見て来たろう

人というもの
人というもの
と、立ち止まってみては
その所作の理由を
深層心理を
論理を築いては、また積み上げては

でもそれは、モノローグだったか

人というもの
人間というもの
赤子を抱きながら
次の世代
次の世代に寄せるもの
愛に傷つき傷つけて
それでもまた似たような過ちを繰り返しながら
そんな流行り歌を鼻歌しながら

ほんとうにあたりまえの
誰かと誰かの狭間に紡がれる
ほんのり淡く
そして揺るがぬ如くに頑丈な
その狭間を満たすものを
ボクは考えに入れていなかったんだな

「人間とは何だろう」
と大仰(おおぎょう)に構えれば
そのナルシズムが
ボクをますます偏見に貶めた

まず
まず人間とはと問う前に
かの眼差しの注がれる宛や
それをまっすぐ受け止める感性の器
ひとりひとりの身体や心を
施術台に乗せて解剖してもわからない
誰かへ、何かへ必ず向かうそのベクトルを
熱くやわらかな思いを
考えに入れて行こう
せめて あとの日々が
まだ残る間だけでも


 

2016.9.23

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「まちなかステージ」@防災新館(県庁)・県民ひろば、今日なのだっ!

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『戦争法』の機は熟すか?

さて、ガンジーの無抵抗主義が実を結んだという史実もありつつ、
ボクらは自国を守るために、どんな道を選ぶべきか。

昨日(2016年9月5日)などは、北海道沖に北朝鮮のミサイルが落ちた、
という現実の脅威(?)にさらされながら、
あるいは、
手を緩めれば、一気に中国に尖閣諸島を奪われてしまう、
という危機感を抱きつつ、
自衛隊を自国の軍隊として、自在に駆使することができないのは、
まさに歯がゆい・・・・・
ことなのか(^-^;

もともと『戦争法』を持ち出した安部さんの自民党、
そのむかし、「自由党」と「民主党」が合併してできた政党で、
その統一理念の一つとしてあったのが
『憲法改正』である。
つまり、結党の誓いとも言える。
しかるに、自民党を支持することは、
『憲法改正』を支持することに通ずる。

思えば、結党当時はまだ、北朝鮮や中国の『暴走』もなく、
そのころ『憲法改正』のモチベーチョンはどこから来ていたのだろう。

よく言われるのは、
『アメリカのお仕着せ憲法だ』ということ。
あるいは、
『アメリカ依存の防衛体制が、日本国民の誇りをそぐ』ものだということ。

ほんとうに、その内容に共感できるのであれば、『お仕着せ』だとて、
改正はいらぬところだが、
今の憲法には『アメリカの思惑』が絡み、たとえば
「自国に誇りが持てなく」させる原因でもある、ということならば、
『改正』も十分あり得る。

終戦から長らく、『二度とあんな悲惨な戦争は繰り返さない』
という反省の思いが、この先、どんどん薄らげば、
それが『機が熟した』というこなのか。

≪戦争⇔敗戦⇔痛み≫ という関係の中から、
もっと別の芽も現れている。

例えば、手塚治虫。
彼の作品の生涯のテーマだとされるのは、ヒューマニズムや、人種差別。

進駐軍の占領下、ある晩、ふらりと外出した手塚氏、
すれ違った二人の米兵に、なぐられる、けられる。
理由なんかない。笑いながら、彼らは去っていく。
若き日本青年の胸に去来したのは、いかなるものか。
この理不尽な暴力を解説できるのは、いかなる学説か。
手塚氏が、晩年『まだまだ描ききれない』と言ったエネルギーの
源の一つには違いないと思う。

ボクの少年時代、マンガ雑誌に連載されていたものに
『空手バカ一代』というのがある。
極真空手の始祖、大山倍達さんの半生を描いた漫画だ。
大山氏は世界中を武者修行に歩き、「ゴッド・ハンド・マス」
の異名を持つ、けた外れのツワモノだった。

若き日の彼を、限界の修行へと駆り立てたもの。
それも、やはり進駐軍の無謀ぶりだった。
アメリカ占領下で、我が物顔にふるまう米兵たちの様子を見ては、
自分を鍛える決心を固めてゆく。
彼は、ひとり山にこもり、人里恋しくなって山を下りたくなった時のために、
自身の濃い眉毛を、順番にそり落とし、片方だけのまゆでは
みっともなくて人に会えぬ、と自分を追い込み、修行を続けた。

近年亡くなられた、永六輔氏。
晩年、彼は甲府の桜座に度々いらして、
ボクも二度ほどステージで拝見した。

その中で語ってくれたのが『上を向いて歩こう』秘話。

永さん、終戦時は小4だった。
期せずして、日本に来たマッカーサーが言ったのは
『今の日本人は、いわば小4の程度です。』
何のレベルか、詳しくは知らない。
永さんはそれを聞いて、自分も小4であることにも重ね合わせ、
ひどくショックだったと言う。

そして、その後、その悲しさ辛さを乗り越えようと
まとめたのが『上を向いて歩こう』だという。

『上を向いて歩こうは』その後アメリカに上陸し、
アメリカにおけるヒットチャートで、日本語の歌として、
初めてナンバー・ワン!!に輝いた。
巡り合わせというのは、なんとも妙なものだ。

手塚治虫の存在によって、格段の進歩と発展を遂げた
と言われる日本の「マンガ」は、
今や政府も公認の日本のコンテンツであり、
世界に誇る日本の文化として花咲いた。

大山倍達氏が開いた極真空手。
確か長渕剛もこの流派だったか。
説明するまでもなく、「カラテ」は、今や、日本のイメージの一つだ。

これらの、
今や日本を代表する三氏に共通なもの。
『敗戦の痛み』から始まったもの。
それは、決して『応戦」』ということではなく、
『悲惨な歴史の繰り返し』でもなかった。

そして、日本の誇りをそぐどころか、
先頭に立って、まだまだそれを、けん引しているではないか。

『右の頬を打たれたら左の頬を出せ』とは、
キリスト様のお言葉らしいが、
相手が武器を振りかざしてきたら、
それを上回る武器もて、立ち向かうことだけが、
選択肢ではないんだ。

  

2016.9.6

  

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