« 言葉に垢がついてゆく | トップページ | 今年の年賀状から »

「『満天の星』をかいたころ」 星の語り部10周年に寄せて

少し前、『星の語り部』という、山梨県立科学館つながりの市民グループで、 アクティブに活動していた。これが10周年を迎え、記念誌を出すというので、 次の文を寄稿した。

これを書いてみると、実に、この文を書く機会に恵まれて良かったと思う。ありがとう。

「満天の星」を書いたころ

 ボク自身が作詞作曲をした最初は19歳の時だが、
 「満天の星」は、確か30代に作ったと思う。
 ちなみに、今55歳(笑)。

 しかし、その最初のモチーフは、たぶん中学生ぐらいに遡る。
 みんな、学校などで、自分が地球という球形の惑星に住んでいること、
 れが太陽の周りを回る太陽系の一つだということ、
 さらに太陽系は銀河の一つ(天の川銀河)に属すこと、
 といった知識を得る。

 覚えているのが、学校用のノートの裏表紙などに、住所として、
 「宇宙 銀河系 太陽系 地球 日本 山梨県‥‥」 などと記したものだ。
 それはもちろん知識にとどまらず、少年のイマジネーションを大きく育てた。
 誰も似ていると思うが、自分のいる地球、そしてその外側の広大な空間、
 果てしない宇宙という広がり、
 そういうものを想像する、心の中にそのイメージを初めて構築してみるとき
 というものがある。
 いまや、大人になって、そのような宇宙のイメージというものは、
 まったく当たり前のことのようであるが、
 実は、そのように初めて宇宙のイメージを思い描いたその頃の方が、
 よっぽどリアルな実感を伴った「宇宙」ではなかったか、と思う。
 ボクらは日々の生活の中、大小さまざまな課題をこなし、 あるいは戸惑い立ち止まったりしながら、
 宇宙なんぞをイメージしない時間も多くある。
 それは「常識」という言葉に片づけられ、実は、まったく見失っていたりする。
 憲法9条の解釈はどうなんだ、人類と戦争は切り離せないのか、  と地球規模の視野に広がった現代人も、
 いつもいつも「宇宙のイメージに」届いているわけではないだろう。

 さて、中学生の少年は、そのころ、いわゆる「自分の存在」を自覚する。
 「自分とは何か」という自意識は、自分の存在意義、 人間の正体、他者との関係、 というような、答えの用意されていない、 だが、もっとも重要な問題意識を持ち始める。
 それらもまた「宇宙のイメージ」と同様、 大人になっても、それらの問題意識を常に正面に据えて 立ち向かう人はごく少数だろう。
 もしかすれば同じく、いわゆる思春期こそ、問題は最もリアルだったかもしれない。
 
 「孤独」という言葉がある。それはマイナスのイメージが強いが、
 「孤高」などという時、なにかしら崇高なニュアンスもある。
 
 
 そのとおり、ぼくらは「孤独」でさみしくて、「孤独」として自立する。
 少年は、この人間社会、他者との関係の中で、 「孤独」ということを思い始める。
 
 しかし、「宇宙」というイメージが、「孤独」という意識をさらに変革する。
 この『地球』という惑星だけに散らばる人間たち。
 この惑星の外に広がる、 果てしない空間。おそらくは漆黒の空間。
 ボク個人の「孤独」は、人類という「命の種としての孤独」へと 二重になっていった。
 
 この宇宙のどこかに『知的生物』はいるか、 という宇宙業界でよく言われる興味深い疑問は、
 この「命の種としての孤独」に根ざしているのかもしれない。
 
 しかし、当時、そんなことを共感する友もなく、少年は、その「思い」さえ、
 人類の中、自分一人のものかと思っていた。
 
 
 まさにそのタイミングだったと思うが、 当時封切りされたSF映画「未知との遭遇」の宣伝キャッチ・コピーに驚いた。
    「We are not alone.」。
 監督は、スチーブン・スピルバーグ氏。
 なんと、同じ思いを持つ人がいた。
 スピルバーグと同じだ、なんて、まことに不遜に聞こえるかもしれないが、  百万の味方を得た想い‥‥だったような気がする。
 とにかくうれしかったのは事実だ。
 
 
 しかし、意識的にしろ、潜在的にしろ、 そういう孤独感は、それこそ人類という命の種の孤独として、誰にも共通すると、 今では思っている。
 
 夜空を見上げれば、暗い空に星たち。
 ああこの地球の人間たち、ボクら。
 ボクらと思いを分かつ命というものが、この星たちのどこかにあるのだろうか。
 ボクら人類は、孤独をいやす友人を、この広大な宇宙に見つけられるだろうか。
 
 それは未知だ。
 だけれども、未知ということは、その可能性は、あるということ。
 
 夜空に光る星のすべてに、可能性は眠っている。
 そんな思いで見上げた、あの頃の星たちだった。
 
     ソリタリョウ    2014.10.21
 


「満天の星」(ソリフターズver.) You Tube


    「満天の星」   作詞・作曲/ソリタリョウ

 

1 涙があふれ ほほ伝うとき

  体の芯が 熱く震える

 

  ぼくらは生きているから

  ひとりではないから

  見知らぬ誰かのために泣いたりする

 

  宇宙いっぱいに散りばめられた

  そのひとつの星から見上げれば

  孤独と言うにはなんと満天の

  満天の星たちだろう

 

 

2 時代のハザマ すり抜けるように

  誰かが同じ 夢をまた見る

 

  ぼくらは生きているから

  星たちは生きているから

  輝く仕事を辞めようとしない

 

  宇宙いっぱいに散りばめられた

  そのひとつの星から見上げれば

  孤独と言うにはなんと満天の

  満天の星たちだろう

 


|

« 言葉に垢がついてゆく | トップページ | 今年の年賀状から »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/516552/60891898

この記事へのトラックバック一覧です: 「『満天の星』をかいたころ」 星の語り部10周年に寄せて:

« 言葉に垢がついてゆく | トップページ | 今年の年賀状から »