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2014年4月

日本の気持ち、アジアの気持ち

やはり、安部首相は、スケートの真央ちゃんとそっくりだと思うのだ。目元など、ウリ二つ。
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これは、世紀の大発見だったのだが、どうしても秘守できなかった。人の口に戸は立てられない、ということを表している。ぎゃは

さて、毎度、こんな前振りだが、
「ニッポンを取り戻す」のキャッチのもと、大勝した自民党だが、『ニッポンを取り戻す』とは、いかなることを言うのだろう。
一時期に比べて、日本が元気がない、もっと日本は気骨があった、などの言葉、マスコミを中心に、良く聞く言葉ではあった。そんな日本を取り戻したい、ということではあろう。
最近は、「日本はこんなに素晴らしいんだ」といった風な新刊が、よく本屋に並んでいる。
つまり、そんなに自信や元気を失くすなよ、と自ら叱咤激励する時期のようだ。

しかし、「取り戻す」ものが、良いところだけならいいが、せっかく修正してきた部分まで取り戻してしまってはならぬだろう。ここが肝心。
自民党の方向性は、どうもこの辺の混同があるように感じられてならない。

実際、過去の歴史に学び、その長所を再現できたら、素晴らしい。しかし、時代というものは有機的で、必要悪があったから、あんな長所もあった、ということが多いんだと思う。
たとえば、経済発展がとても高度だったと言ったって、諸外国、とくにアジアの途上国の様子も、当時と同じように再現できるわけがない。そういった諸条件が絡み合っていることを見失わないようにしたい。

中国、韓国に対して、もっとタカ派でありたい。あんなこと言わしといて、いいのか。
という機運も良く分かる。
当局の失態から目をそらさせるために、日本をスケープゴートにしている、という説もあるが、それにしても、相手に間違いを正させようとするとき、正しいことを諭させようとするとき、そういうときこそ、物言いに気をつけなければならない。吉野弘さんの詩「祝婚歌」にもある。

  正しいことを言うときは
  少しひかえめにするほうがいい

  正しいことを言うときは
  相手を傷つけやすいものだと
  
気づいているほうがいい

          (吉野弘「祝婚歌」より抜粋)


これは日本人だけに通用する文化なのだろうか。


ぼくなりに、まったく勝手な話だが、中国や韓国の気持ちを察するに、どうしても「やっかみ」を感じずにはいられない。

かなり日本の近づいてきた感じはあるが、どうしても、国際的評価は及ばない。

ノーベル賞や、国民資質の評価など。


これまたボクなりの勝手な推測だが、日本は、日本人としての人種的な長所があるというよりは(遺伝学的には、日本人特有とされるような遺伝子の特質はないとされている)、日本の近代の歴史背景にあると思う。「がんばろう」というモチベーション。これの、他を凌いだものが、日本にあったんだと思う。


敗戦。東京裁判。賠償。

戦後の焼け野原をシンボルとする、日本の傷跡から、大きな大きなモチベーションが生まれた。

でも、それは、中国や韓国も同じ。

大きな違いは、彼らは「何も悪いことをしていない、一方な被害者」であるのに対し、日本は「侵略し、真珠湾で奇襲した、わるもの」である。そういうレッテルのもと、日本の方がモチベーションが高いのは、容易に想像できる。


いまや、オリンピックでも、中国、韓国選手の活躍、目覚ましいものがあるが、先鞭をつけたのは、やはり日本だろう。
「日本にも出来てるんだから」という思いが、中国、韓国の追い風になったことは、多少なりともあっただろう。

こんな逸話がある。東南アジアのある国、米国との合同軍事演習の際、キャンプ内において、米兵からあらぬ差別を受ける。かれらアジア兵が思ったのは「早く日本兵が合流してくれないかなあ」ということ。日本人が合流すると、米兵の態度が変わる。日本は一目置かれるから、東南アジアのその国への差別もなくなるのだという。

植民地から解放するという大東亜構想も、ちょっと空想話の感が否めないが、実際に、欧米からの視線にあった眼鏡の曇りを、日本人がふき取ってきた事実はあるのだろう。

ボクらは誇りを持つ。日本人としての誇りを持つ。当然だ。
しかし、その誇りの一部を勝ち得たモチベーションの一つに、「戦争を始めた悪者」というレッテルがあることを思い出したいと思う。

  

 

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