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2014年2月

父のこと 詩人、共産党員、労働者

父が死んで、6年になろうとする。

ボク自身は、甲府へ移り住んで、もう16年。今回の大雪が16年ぶりだとニュースで言うので、確認できる。あの年、ボクは甲府に移住した。

「丸の内」と聞けば、以前は、東京の地名だというのが第一感だったけど、
甲府にも丸の内がある。
父の詩に出てきた「丸の内」は、明らかに甲府だ。だけど、甲府だとか、東京だとかは、一切書いてなかった。

その詩がどうも見つからない。
丸の内の石畳が雨にぬれて‥‥ 
という、さみしいものだった。

知る人ぞ知る「東電闘争」の詩である。
父は当時共産党員として東京電力に努め、会社の方針のため、社内、社外でいろんな差別を受けた。
部署の全員が会議室に移動しても、父は呼ばれず、一人残る。などのいやがらせから、もっとも卑劣なのが賃金差別。昇進させない。
関東のいくつかの都県で、訴えを起こし、山梨では10名が原告となった。

裁判は最高裁にて「和解勧告」。東電の慰謝料支払いの方向で、和解しなさいというもの。
その裁判、結審まで19年。ボクの高校時代から30歳代に及ぶ時期だった。
これはもうほとんど「勝訴」。まさか、天下の大東電に、日本の最高裁が和解勧告を出すとは、少なくともボクは、予想できなかった。
世界有数の大企業、資本主義の世界代表みたいな企業だったのだから。

「思想信条の自由」と、現代のボクらはよく言う。
しかし、それは、心模様として、まったく疑うまでもない真実だろうか。
それでも、父たちはそれを信じ、闘い抜いた。まだ終わらないのだろうけど。
いつか父に、なぜそんな戦いを挑むことができたのか?と尋ねると、
父は一言、「仲間がいたからだ」と言っていた。

つい最近のことだが、ある喫茶店で、サラリーマン風の中年男性二人が会話をしていた。
「あいつは、共産党やってるだよ。」
その言葉の背景に、アカい共産党のイメージが、鮮やかに見える。

いわゆるレッドパージは、かなり強烈な効果をもたらした。
それは現代にも、多大な影を落としている。

父はそういう、思想差別と闘う詩を書くことをライフワークとして、裁判闘争の武器としても用いた。

だけど、ボクから見て、惜しむらくは、それは「差別への反抗」にとどまったこと。
もちろん、それは偉大な足跡ではあるが、ほんとうは共産主義のすばらしさを作品で表現できたら理想だったんじゃないかと思ったりするのだ。

いったい、共産主義とは悪魔の思想だろうか。
資本家と労働者がこの世に階級として現れたとき、明らかに立場が不利で弱者である労働者階級を擁護、支援しようとする、気高き主義だったはずだ。

もちろん、それも人間のこと、いろんな不備もあるだろう。
しかし、火つけ強盗のごとく忌み嫌う性質のものだろうか。

喫茶店で話していた中年サラリーマン。年功序列の日本では、昇進も進んでいるだろうが、あなたたちとて労働者。
資本家たちにとっては、戦々恐々とする思想だとしてもね。

だが、資本家にすり寄っていた方が、結局は利益になると考える労働者も、たくさんいらっしゃる。それもまたわかる。

近代資本家の代表カブ、松下幸之助さんは、こんなことをおっしゃっている。
「資本主義とか共産主義とか、争うことよりも、それらの良いところを併せ持った、もっと素晴らしい思想が生まれてもいいんじゃないか」
米ソの冷戦が、時代の色だったときのことではあるが、争点は、そっちなんだ。

公的な健康保険も年金もないアメリカに比べれば、日本の社会制度の現実はかなり中間色を示している。だいたい、「福祉」などという考え方と社会主義は、基本が似ている。


どちらが優れているとか、相いれない思想はぶちのめせだとか、じゃなくて
もっともっと、いいもの探しに行くんだ。

あと、蛇足ではあるが、
相手国が武力増強して脅威を見せるから、こちらも目には目だ。
と最近そんな論理が目につく。
もちろん、そんな選択肢もあろうが、それだけか?
まあ、それがいちばん手っ取り早いかも知れんが、やり方はほかにもあるだろう。
たとえば、ロシアのプーチンさんは、経済協力を見込んで、領土問題にも柔軟な姿勢を示しつつある。
そう、国と国の関係は、どちらの武力が上かという軍事的な対立だけじゃないだろう。経済だって、二国間でうまくやれば、もっともっと好転するだろうし、ボクは中国にも韓国にも友人がいる。いまどき、中国には鬼しか住んでないと思ってるわけでもないだろう。
まったく当たり前に、中国の中にも、様々な考え方の人はいるんだよ。
やり方、考え方をもっと練ろうよ。
軍備増強に対して、こちらも戦闘態勢の準備を、って、そんな単純なもんかい?国と国も、あなたの頭も?


最後に、父は、先の大戦中、唯一反戦を貫いた日本共産党を誇りにしていた。

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