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  「わたしの命・だれかの命」

 

近所の一人暮らしの、そのおばあさん

なんだか咳き込んでいたから、

「お風邪ですか」ときいたら、

「私はいつも風邪ひいてるから、

 ほれ、こういうふうにいつも薬を置いてあるだよ」

と言って、小瓶を見せる。

「お大事に。」と言うと、 「ありがとね。」と答えてくれた。

 

例えば、不謹慎ながら、 高齢の方が風邪をこじらせて、亡くなる話もある。

ボクは、「命」の心配をしたのかな、

などと考えたりした。

 

イノチハダイジ

イノチヲタイセツニ

タイセツナイノチヲマモリマショウ

 

そんな常識は、 いつもぼくらの魂を素通りする。

命って意味は知っているけど、

いや、知ってたっけ

いったい何だ

何もイメージが浮かばない

 

まだ3回くらいしか会ったことはなかったけれど、

その黒いハットが好きな青年が急死したという。

自殺らしい。

もちろん青年の死は悲しいけれど、

自ら選んだ死はもっと悲しい。

 

その死を知らせてくれた人が言うんだ。

「誰だって、死にたくなるとき、あるさ。」

そうだ。 ボクだって、そうだ。

だから、

自ら死を選んだ知らせは、 ボクらを余計悲しませる。

「誰だって、死にたくなるとき、あるさ。」

それでも死ななかった人が

自殺の知らせを聞く役回りだ。

 

イノチハトオトイ

ソマツニスルナ

カケガエノナイイノチ

 

そこに、その青年の顔をしっかり描いてやろう

そののっぺらぼうで、ぬくもりもない

「いのち」という言葉の上に。

そうしてもう一度、繰り返してみる。

  

とおとい

だいじな

かけがえのない‥‥

 

そのおばあちゃんが言ってくれた 「ありがとね。」が

なにか、とってもとってもうれしくて、

ボクはもう一度、心で言う。

 

「お体、大切にね。」

 

 

****************

  

この詩は、今年の山梨の「国民文化祭」の応募作として書きました。

友人が、盛んに勧めてくれたので。

しかし、見事に落選でした。

  

この題材は、実話で、今年、顔見知りの男性が亡くなったのです。

  

そのあと、この詩を書いて、まさにその後、

もっともっと近しい人もなくなってしまいました。

ボクよりずっと若い女性です。一週間前に、スーパーの入り口で、ばったり会ったばかりでした。

  

山梨にも、『自殺を防ごう』みたいな取り組みは、いろいろあるみたいですが、

そういう人たちと交流するカフェに誘われた時、「言葉には気を付けてくださいね」と釘を刺されて、行くのをやめた。

ソリタリョウ、言いたい呆け。

治りません。

  

ある友人が、こんなことを教えてくれました。「聖人」の「聖」という字の「耳」は、他人によく耳を傾けること、「口」は、余計な事を言わないこと。

  

ソリタリョウ、まさに対極ですか(笑)。

まだまだ修行が足りません。まだまだ未完成のワタクシ、修行も何十年もかかるので、そのうち老衰するでしょう(笑)。

  

でもね、これからのボクは自殺したりしませんよ。

絶対ね。

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コメント

2年ほど前まで『自殺志願者』でした。
SNSでは「ワタシはリストカットしています」と告白したこともあります。

ホントに親しい人にしか打ち明けてませんが、2度『自殺未遂』で入院もしました。

薬での自殺でしたから、発見されたときも、ICUで治療受けているときも、まったく記憶にありません。

変な話、母親は泣く、というよりワタシを腫れ物扱いしていました。

目を覚ますと「ああ、また助かっちゃった」ただそれだけを考えていました。

でもそんなワタシに

「生きていてほしい」

と言ってくれた人がたった一人いました。

その人はワタシが「リストカッター」だとカミングアウトしたときに

「自分の手首にも傷あるよ」

と見せてくれました。

その人がそのとき笑顔だったのが忘れられません。

どうして笑っていられるの?苦しくないの?

不思議でした。

だけど、その人はその人なりにずっと苦しんで、ツライ思いを経験していたのです。

だから

「生きていてほしい」

ホントにホントにその言葉が嬉しかった。
どうしようもないワタシに「生きろ」と言ってくれた。

初めて「自殺って死ぬより、置いていかれる人の方がツライんだ」って思いました。

自殺して死んでしまえば、その人はそこで終わりだけれど、残された人は悲しみをずっと背負っていかなければならないんですものね。

だから、ワタシももう2度と『自殺』はしません。絶対ね。

天命を全うするまで、毎日をしっかりと生きます。

大地に足をつけて、空を見上げて、いっぱい空気吸い込んで

「おはよう」

毎朝、カーテンを開けるとき、誰に言うでもなく呟いています。

「明日の自分は今日の自分とは違う」

ワタシは毎朝「生まれている」のです。

今日も生きていてよかった。

明日も「新しい自分」に生まれて、また「生きている喜び」を実感したいと思っています。

投稿: 由伊 | 2014年1月 2日 (木) 23時01分

自殺してはいけない理由なんて、いくらでもあるし、
自殺したって仕方がない、という理由だっていくらもある。

自殺もまた選択肢。それが真実だと思う。

だけど、とってもポジティブで、笑顔が似合って、やる気にあふれている人は自殺しないな。
これも真実。

きっと、だんだん成長して、ボクらは知るんだと思う。

ボクらの生き方は、まさにボクら次第だ、ということを。

自殺も選択肢。
足りないくらい寿命をまっとうするのも選択肢。

自分で決めりゃいい。

とりあえず、こんなよく晴れた朝に、気持ちの良い陽射しを浴びながら、ボクは命の喜びを感じている。

あと、
シムラも選択肢、だそうだ。

命の洗濯か? (笑)

  

投稿: そりた | 2014年1月 7日 (火) 09時40分

誤解しないでほしいのは、
何を選択するのも自由、
自殺しても仕方がない理由もたくさんありながらも、

それでも、生きることを選択してほしい、ということ。

ボクもそうしたいから。
ということです。

投稿: そりた | 2014年1月25日 (土) 23時45分

ここのところちょっと鬱でした。
薬が抜けてきた『余波』がきたものと思われます。
マイナス思考のことしか考えられず、どうにもならない状態でした。

でも『自殺』の道だけは選びたくない。よくよく考えたら『自殺』って「自らを殺す」んですものね。こんなに悲しく、淋しいものはない。

だから感情を『絵』にぶつけてみました。これが思ったよりいい感じで、今度『展覧会』に出展することになり、まだハッキリと這いえませんが、4月に『個展』を開く予定です。
ワタシは「これから」を生きていきます。

お互い明るい未来に向かっていき(生き)ましょうね。

投稿: 由伊 | 2014年1月29日 (水) 23時41分

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