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もっと自由な奴ら。

以前、このブログで、「朝の駅前では、タクシーの運転手さんたちが、とても自由に見える」
と書いたが、
その後、もっともっと自由なやつらに気づいた。
子供達だ。

彼らは、まず、体裁を気にしない。
大人たちは、明らかに「他人の目を気にする歩き方」をしている。
見ればわかる。
子供たちは、その辺には、まず気を払わない。
「他人の視線」などは、ほとんど意に介せず、
まず、彼らの脳みそは、「自分の視線」、「自分の興味」というものに占められている。

子供たちは、通勤しながら、興味の向くまま、空を仰ぎ、
興味の向くままの話題を友人に提供し、興味の向くものに、いつも、好奇心丸出しだ。

大人はそうはいかない。
とりあえず、節度のある人物としてふるまい、当然歌を歌いだしたりもせず、
カラスがぎゃーと泣いても、興味津々見入ったりしない。
そして、髪や裾の乱れを気にしつつ、上品に去っていくのである。

プライバシーが保護されることを願うが、
ある二人連れの子供たち、片方が
「おしっこしたらさあ、そのあとうんちが出ちゃった」
などという話題を、誰に取り繕うことなく、堂々と話していたりする。

この子供達を自由と言わずに、誰が自由であろう。

「傍若無人」という言葉がある。
勝手気ままに振舞うさまだ。
その語のごとく、「そばに誰もいないかのように、振舞う」ということ。

そばに誰かいれば、ボクらには足かせとなるのが常識なんだね。
誰だって、他人の目は気になる。
しかし、それが足かせなら、
その足かせにまだ気づかない、未熟な人間たちは、きっと
まだ自由なんだ。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

うん、確かに子どもたちは自由だなぁって思います。周りの目を気にせず、自分の好きなように生きている。羨ましい反面、たまに「それはちょっと自由すぎるのでは?」と思う子どもにも出逢います。

例えば、コンビニ(ウチの店を例にあげると)で、まだ買ってもいないお菓子をガシャガシャ振り回す、他のお客さんを叩いてみる…など…まあ、自由とはちょっと違うのかもしれませんが、ある意味自由な子どもだからしてしまう行為でもあるんでしょうね。

これらは、きちんと大人が教育をすれば直るのかもしれません。

なんか、話が横道に逸れた(ソリタさんのブログだけに)けど、自由っていいですね(^∇^)

ワタシももう少し自由な感性でいたいものです。

投稿: 由伊 | 2013年7月24日 (水) 23時37分

はい、わたしがソレタです。(^^)

「自由」という言葉、「夢」とか「希望」とかいう言葉たちに似て、なにか惹かれる感じではある。

しかし、「自由」ってどんなものだろう、と考え始めると、一筋縄ではいかなさそうである。

ひとつ、足かせがないほど、自由なんだろう。
まあ、他人に迷惑をかけるなんかは論外なんだが。

ただ、ボクらがみな、子供の頃に自由だったとしたら、それは、なんと貴重な宝物ではないか。
ボクらの記憶のどこかに、それはあるかもしれないんだ。
そう思うと、それほど自由は遠くないところにあるのだろう。

もちろん、自由が望まれるものであることを前提にしてだが。

投稿: ソリタリョウ | 2013年8月 2日 (金) 09時13分

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