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卒業論文『テレビ視聴の構造』

『テレビ視聴の構造』。

これは、ぼくの大学卒業の論文の題名だ。

ぼくの大学の学科、「画像設計学科」は、英語に訳せば、
Visual Communication Design だそうで、
視覚によるコミュニケーションを設計するということらしい。

ぼくは、当時、「実生活の実感のなさ」みたいなものを
とても意識していて、
それは、今にして思えば、精神的歪みのせいも大きかったかもしれないと思うが、
当時は、大きな原因のひとつとして、マスメディア、とくにテレビに原因があると感じていた。

いわゆる、テレビっ子。
テレビ好きのぼくは、ぼくの生活に実感が何か伴わない気がするのは、
テレビが『仮想現実』として、ぼくの意識をあいまいにするからだ、
と考えて、こんな題名の論文を書いた。

それにしても、こんなにたくさんの本を読み漁った時期は、
ぼくの人生に、他にはない(笑)。

しかし、卒業後30年ほども過ぎて、この論文の欠落点を感じている。

テレビのかもし出す『非現実感』のもっとも大きな要因は
「そこに、自分がいない」
ということである。
このことに思い至らなかった、若き日の論旨は、
やはり、いまひとつ説得力に欠ける。

生きていること。現実社会。世界。時間。
そこにあるべき、最も重要なファクターは、自分、だ。

テレビもラジオも映画も、
何らかの、自分とのつながりはあっても、
そこに「自分はいない」

逆に言えば、
「自分がいる」から、社会、人生、時間、
なのだね。

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コメント

深いですね~。

確かにテレビやラジオや映画は「自分はいない」ですよね。

ワタシの書く小説には「自分はいる」でしょうか?
ちょっと考えました。

ソリタさんといるとホント、勉強になります(笑)

投稿: 由伊 | 2012年9月12日 (水) 19時55分

勉強になります
のあとの『(笑)』←は余計だね(笑)

コメント、ありがとう。

投稿: そ | 2012年9月13日 (木) 00時46分

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