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2012年7月

ソリタリョウ 再始動だよ(^^)

いやあ、告白でもないけどね。

ぼくは、現在53歳。
19歳のときから、精神病の薬を服用していた。
病名は「統合失調症」。当時は、「精神分裂病」と言われていた。
それでも、30年以上服用していた薬を、
いろんな人の助力で、去年(2011年)の10月4日から、
服用しなくて良くなった。

精神病の人が嫌いな人は、
ぼくと付き合っていただかなくていい。さようなら。

4年前に亡くなった父は、共産党員だった。
世界有数の大企業に定年まで勤め上げ、
詩作品をたくさん残した。
そして、社内で共産思想を差別する自分の会社を相手に、
仲間たちと訴訟を起こし、和解。
これは、もう、ほとんど勝訴である。
その戦い、ぼくの高校時代から、およそ、19年。
正直、あの大企業を相手に、まさか勝つとは、ぼく自身、想定していなかった。
しかし、父たちの信念の闘いは、日の目を見た。

レッドパージから、風評悪き共産党だが、
ぼくは好きだ。
父のように、党員ではないが、支援の気持ちは大きい。

日本共産党が嫌いな人は、付き合っていただかなくても良い。
さようならだ。

その薬は、ぼくの痛んだ精神を、とても癒してくれた。
だけど、眠らされていたとも言える。

最近、引越しもして、ぼくは新世界を見るようだ。

いろんな別れも、ここのところある。

怒りもまだくすぶり続ける。

だけど、前に進まなきゃ。

何かができる、
そんな気持ちにあふれている。

再始動。

人生、いつでも再始動だけどね。


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原発推進派に、金が入る

ふむふむ。
やっぱり金かね。(軽く韻を踏む)

原発事故のずっと前から、清志郎は、一人で歌っていた。いまさら、流行みたいに、みんなが口 をそろえるのも、ちょっと寂しかったり。
チェルノブイリやスマイリーを見れば、みんな明白だったんだ。「日本は特別」なんてことはない。
だいたい、どんな に原発が安全だって、廃棄物は半永久的に残るのだ。放射性物質は、何百年も残る。それを地中に埋めておくのだ。こんな安全ってある?

金があれば、うれしい んだね。
でも、真正面から、その論理に、対峙していく正論を、ぼくらは本当に持ち合わせているのだろうか。
金がほしい、という気持ちを、どうやって論破で きる?

これは、ほんとうに「生き方」の問題だ。

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RE:何が人を生かすのか

上海帰りのリルではなく、仙台帰りのリョウである。
(同世代の★★ちゃんなら、わかるね?)

なるほど。
言われてみれば、「生きていく」ことは、
とても大変だ、ということを、ぼくも思う。

パスカルは、「生きることはつらい」という前提に立って、
理論を展開しているらしい。

生きることが楽なのなら、
「生きる力」などと、言う必要はない。

「生きていきたい」と『思えればいい。』
という、論旨なのでしょう。

たしかに、最近、世の中は、
『いいこと、ためになることを発言したい症候群』なのだ。
その中に、その体裁の下に、
真実が隠されることが多い。

ただ、
そういう「きれいごと」を抱いていた方が、
生き易い、という人もいる。

そういう意味では、
「生きていくことは辛い」と思ってもいいし、
「生きていきたいと感じている」と思ってもいいし。

とりあえず、ぼくが思うのは、
「ぼくも、がんばって生き続けているから、
あなたも負けないでね」
という感じかな。

理屈っぽくてゴメン。



> ソリタリョウさん 
同世代でないのでわかりませんウッシッシ

パスカルでさえ、そうなのですね。

生きることはつらい。

でも生かされている間は生きなくてはいけないし、
どうせ生きるなら、面白おかしく生きたい。

ソリタさん、がんばりましょう!

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「スランプについて」

ぼくは、「人生がスランプ」のとき、うたをつくります。

最初は、そうじゃなかった気もするけど、
いつのまにか、そうなりました。

辛い事や悲しいことを「昇華(しょうか)」
するのです。

若さが有り余る少年なんかは、
もてあましてしまう性欲やエネルギーを
たとえばスポーツに打ち込んだりして「昇華」します。

ぼくは、人生の困難を、歌作りによって「昇華」します。

きっと、生きているあいだじゅう、
困難は訪れるだろうから、
「才能が枯れる」などということは、想定外の外です。

では、ぼくにとって歌を作らないときは、どんなときか。
それは、困難のないときです。

心の平安を採るか、傑作を採るか。

ある人は、
「芸術家に、本当に優れたカウンセラーがついたら、
傑作は生まれないだろう」と言います。

芸術は、心の病んだ所から生まれるのかもしれません。

だから、ぼくは、歌が生まれないなら、
それはそれで良しとします。

だって、心はとても平穏であるのだから。


これが、今のところのぼくです。
参考になるでしょうか。

ただ、ひとつアドバイスできるとしたら、
「なぜ、自分は創作するのか」
ということを、
時に触れ、よく考えてみるのは大事だと思います。

その理由がなくならない限り、
スランプなんてものは、ありえないのです。


また、話そうね。


ソリタリョウ

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